大判例

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名古屋高等裁判所 昭和29年(う)870号 判決

先ず職権により、本件名誉毀損に関する部分の公訴の適否について案ずるに、本件起訴状の公訴事実を見るに、被告人は、当時宇治山田市の市会議員辻村、大川、岡村、須川、田中、早川、井上、酒徳の八議員及び市会議員でない野島雪夫の名誉を毀損したとあるが、右八議員である酒徳喜策、辻村由松、岡村耕二、大川亮太、田中敏夫、早川隆蔵、井上吉郎、須川道夫の告訴はあるけれども、野島雪夫の告訴はない(原審証人野島雪夫の証言によれば告訴の意思がなかつたことが明らかである)。親告罪である名誉毀損罪において、被害者の一部が告訴した場合、その告訴した被害者に対する犯罪についてのみ告訴が有効で、告訴をしない他の被害者に関係する部分にまで右の告訴の効力は及ぼさないもので、このことは、右の犯罪が処断上一罪と認められる場合においても同一であると解すべきものである。従つて本件においては、野島雪夫に対する名誉毀損については、告訴がないものとして、公訴棄却の判決を為すべきものであるが、前記八議員に対する名誉毀損及び脅迫並に野島雪夫に対する脅迫と刑法第五十四条第一項前段の関係にあるものとして起訴せられていることが明らかであるから、判決主文において、特に公訴棄却の裁判を明記する必要はないけれども、原判決としては、この判断を示すべきであつたのである。これが判断を為さなかつた原判決は破棄を免れない。よつて当審において、後記の如く原判決を破棄し、自判するが、野島雪夫に対する名誉毀損の公訴事実については、前記の通り判断を為したことにし、主文において特に言渡をしない。次に前記八議員に対する名誉毀損の各論旨について案ずるに、弁護人及び被告人の論旨は、多岐に亘つているけれども、要約すれば、(一)被告人は、具体的に名誉毀損の事実を明示していない。(二)仮りに然らずとするも被告人が摘示した事実は、真実であること、(三)被告人は、専ら公益を図るため本件行為に出でたこと、(四)被告人が公然摘示した事実が、真実の証明がないとしても、被告人は真実と信じていたものであつて、かく信ずるにつき正当の理由があり、被告人に過失がないから、被告人には、名誉毀損の犯意がないと謂うにある。

(一) 原判決が名誉毀損の事実として掲げているのは、原判示の赤紙一万三千七百枚を市内に散布した事実を指すのでなく、「辻村、大川、岡村、須川、田中、早川、井上、酒徳の八議員は、昭和二十八年三月上旬、慶谷前市長、太田前助役等と共に、野島雪夫、清水組技師等より二万七千四百円の饗応を受け、以つて収賄を為し、利権屋の手先になつて踊つている慶谷前市長、岡村議員の法律を以つてしても饗応の事実を証拠湮滅さすことはできない云々」を指すものであるから、具体的に名誉毀損の事実を摘示したものと認むべきであるから、この点の論旨は、理由がない。

(二) 本件記録を案ずるに右のように摘示された事実が真実であることの証明は毫もなく、却つて原判決挙示の証拠によれば、右摘示事実は、全く虚偽の事実であつたことが明白であるから、この点の論旨も理由がない。

(三) 被告人が専ら公益を図るため本件行為に出でたかどうかについて案ずるに、本件の八議員に対する名誉毀損については、刑法第二百三十条の二第三項が適用されるから、真実の証明があり且つ公益を図るためであれば勿論処罰されないが、その目的がなくても、真実の証明があれば処罰を免れることになつているので、公益を図る目的の有無の判断にまで立入る必要はなく、専ら真実の証明があるかどうかについて審査すればよいのである。従つて被告人に公益を図る目的があつたと謂う論旨は、採用の限りではない。

(四) 被告人に犯意があつたかどうかについて

刑法第二百三十条の二の規定は、同法第二百三十条第一項の名誉毀損罪の処罰阻却事由ではなく、刑法第三十五条乃至第三十七条と同じく違法性阻却事由と解するのが相当であつて、公務員その他公選の議員に対する名誉毀損罪の犯意については、被告人が単純に真実であると信じていただけでは、犯意を阻却するものでなく、被告人が真実と信ずるにつき又は真実の証明があると信ずるにつき正当の理由があるとき、犯意を阻却するものと解すべきである。よつて本件において、被告人が、原判示の名誉毀損の事実を真実と信じたか又はその証明ありと信ずるにつき正当の理由があつたかどうかについて案ずるに、原判決挙示の証拠並に原審が取り調べた証拠及び当審証人浜口利三の証言を綜合すれば、被告人は、前記八議員が伊勢志摩の賢島ホテルで饗応を受けた噂を聞くや、志摩地区警察署勤務の奥村正吉にこれが調査を依頼したところ、奥村は、調査の上、その事実がない旨を被告人に報告したのに、被告人はこれに満足せず、更に浜口利三に調査を依頼したのであるが、浜口は一応調査の結果、饗応の事実は、全く認められないのに、被告人に対し、前記八議員その他が饗応を受け、その費用は二万七千四百円であつたと虚偽の報告をなし、その領収書の所在等については、右ホテルの女中森井きよかがよく知つているから同女に会わしてやる手筈をしたと全く虚偽の事実を申し向け、被告人は、浜口の言を信じ、本件行為に出でたことが認められ、被告人は、浜口の報告を聞いただけで、自ら賢島ホテルに行つて調査したわけでもなく、饗応した人又は饗応を受けた人の意見又は弁解も聞いたわけでなく、又他に饗応の証拠資料を収集しようとしたこともなく、浜口の言を無反省に信じたことが認められる。これは、被告人が、その支持する中西市長を援護し、これに反対の立場にある前記八議員を攻撃しようとあせつていたため、軽卒にも、浜口の言を信じたことが認められるので、被告人が浜口の言を信じて、真実と誤信したことに正当の理由があつたとは思われない。又右の程度で真実の証明ありと信ずるにつき正当理由があるとも思われない。従つて、被告人には、名誉饗損の犯意を阻却する事由があつたとは認められないから、この点についての論旨も理由がない。

脅迫の点についての論旨について、

被告人は、前記の通り、前記八議員その他野島雪夫等の名誉毀損の事実を摘示した文書の中において、「若し物産館の問題を続けるならば、教育界方面にも不正事実があるから更に摘発する、四月二十一日までに悔悟一番、前非を悔い、病める市長に謝罪せなければ、断乎第三弾の処決に及ぶ」と記載し、前記八議員及び野島雪夫等に通告したのであるから、明らかに具体的に名誉を害するかもわからないと害悪の通告を為して、前記八議員及び野島雪夫等を畏怖せしめたもので、このことは、原判決挙示の証拠によつて明らかでありこの点について、理由不備又は事実誤認はないから、この点についての論旨も理由がない。

次に原判決を職権で案ずるに、原判決は、本件名誉毀損及び脅迫の文書を「市会議員大川亮太外二十九名(全員)及び慶谷前市長、太田前助役、野島雪夫宅へ夫々到達せしめ、以つて前記議員等の名誉を毀損し、且つ同時に今後も同様方法で同人等の名誉に害を加うべき旨告知し脅迫したものである」と認定し、名誉毀損及び脅迫の被害者として二十九名の全議員と慶谷前市長、野島雪夫、太田前助役を指しているようであるが、前記の通り、名誉毀損については、前記の八議員だけしか告訴していないので、それ以外の者の名誉毀損を認めたのは、親告罪において告訴のない者に対する犯罪を認めたことになつて違法であると同時に審判の請求のない訴因を認定した違法も存する。右のように全議員等を被害者としていない趣旨だとすれば誰を名誉毀損及び脅迫の被害者としたか全く不明であるから、理由不備の違法が存する。果して然らば、原判決は、この点で、破棄を免れない。

よつて量刑不当の当否については、後記の通り判断することとし、刑事訴訟法第三百九十七条第三百七十九条第三百七十八条により、原判決を破棄し、同法第四百条但書により、次の通り判決する。

(犯罪事実)

被告人は、宇治山田市(現在は伊勢市)中西市長の選挙前後から、同市長を支持応援していたものであるが、中西市長は、市長就任以来、反対派市会議員との間に、あつれきがあり、殊に同市所有の物産陳列館の貸与問題(これは、前市長慶谷隆夫が昭和二十七年五月二十七日、ホテル経営の株式会社発起人野島雪夫等に賃貸する議案を市議会に提出し、大多数議員の賛成を得て議決したものを中西市長において、これが執行を拒否したため紛争がおきたもの)をめぐつて激化し、多数議員から攻撃を受け、苦境に立つに至つたのを見て、これを救援せんと考えていた折柄、昭和二十八年三月初頃、たまたま、右貸与問題につき、前市長、市会議員等に饗応等の汚職あるとの風聞を聞き、これを奇貨とし、これを材料にして、反対派議員に打撃を加えんと企て、浜口利三に事実調査を依頼したところ同人は、被告人の意図に迎合して、右のような汚職事実はないにも拘らず、これあるように被告人に報告したのに対し、被告人は、更に慎重に究明すれば、容易にその無根なることを知り得たに拘らず、軽卒にも、右浜口の報告を喜んで受け入れ、これに基いて、昭和二十八年三月九日頃攻撃の第一として緊急市民各位に告ぐと題して、前記物産館の賃貸借を難じ、中西市長に同調する意見を書いた赤紙多数を右市内に散布したのに続いて、同年四月十七日、肩書居宅において、同攻撃第二として「辻村、大川、岡村、須川、田中、早川、井上、酒徳の八議員は、本年三月上旬、慶谷前市長、太田前助役等と共に野島雪夫、清水組技師等より二万七千四百円の饗応を受け、以つて収賄を為し、利権屋の手先になつておどつている。慶谷前市長岡村議員の法律を以つてしても饗応の事実を証拠湮滅さすことはできない。若し物産館の問題を続けるならば、教育界方面にも不正事実があるから、更に摘発する、四月二十一日までに悔悟一番前非を悔い、病める市長に謝罪せなければ、断乎第三弾の処決に及ぶ」旨の虚構の事実を掲げた文書を謄写刷で多数作成し、なお差出人を市民代表とし、同月十八、九日頃、宇治山田市議会事務局宛に郵送、同局員の手で、市会議員大川亮太外二十九名(全員)及び慶谷前市長、太田前助役、野島雪夫宅へ夫々到達せしめ、以て宇治山田市会議員須川道夫、井上吉郎、早川隆蔵、田中敏夫、大川亮太、岡村耕二、辻村由松、酒徳喜策の八名の名誉を毀損し且つ同時に今後も同様方法で同人等及び野島雪夫の名誉に害を加うべき旨告知し、右八議員及び野島雪夫を脅迫したものである。

(証拠の標目) (省略)

(法律の適用と量刑)

法律に照すに、被告人の所為中、名誉毀損の点は、刑法第二百三十条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に、脅迫の点は、刑法第二百二十二条第一項罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、右は一個の行為にして数個の罪名に解れる場合であるから、刑法第五十四条第一項前段第十条により、最も重い名誉毀損罪の刑に従うが、被告人の所為は、宇治山田市所有の建物を営利会社に賃貸するより、市民一般の公共の用に供すべしとする中西市長を支持応援するの余り、義憤にかられ軽卒に出でた行為で、名誉毀損脅迫行為の内容も露骨悪質のものでない点及び被告人の経歴、家庭関係等諸般の情状を考慮するときは、体刑よりも罰金刑を選択するのが相当と思料せられるので、その金額の範囲内で、被告人を罰金三千円に処し、右罰金を完納することができないときは、刑法第十八条により金三百円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、訴訟費用は、刑事訴訟法第百八十一条により、全部被告人に負担させる。よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 高城運七 判事 柳沢節夫 判事 赤間鎮雄)

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